デジタル技術が事業の前提になった今、プログラミングはエンジニアだけの専門領域ではなくなりました。
特に経営者にとって、プログラミングは「自分でコードを書く技術」というよりも、事業の競争力やスピードを左右する「思考の道具」として重要性を増しています。
本稿では、経営者がなぜプログラミング知識を身につけるべきなのか、どのレベルまで理解すればよいのか、そしてどのように学べば経営に活かせるのかを解説します。
経営者にとっての「プログラミング知識」とは何か
経営者が身につけるべきプログラミング知識は、エンジニアのように日々コードを書くための知識とは異なります。
重要なのは、技術の「仕組み」と「限界」を理解し、経営判断に活かせるレベルのリテラシーを持つことです。
ここでいうプログラミング知識とは、次のような要素を含みます。
- システムがどのような構造で動いているかを理解するアーキテクチャ感覚
- 開発にかかる期間・コスト・リスクを概算できる感覚
- データやアルゴリズムの基本的な考え方
- エンジニアと共通言語で議論できるレベルの理解
「1行もコードを書けなくてよい」が、「何がどこまでできるのか」を判断できるようになることが、経営者にとってのプログラミング知識のゴールだといえます。

経営者に必要なプログラミング知識は「幅広く・浅くでよいが、判断に足る深さまでは理解する」ことがポイントです。
すべてを自分で実装する必要はありませんが、外注や社内エンジニア任せにせず、自社の武器として技術をどう使うかを構想できるレベルは求められます。
なぜ経営者にプログラミング知識が「必須」になったのか
1. 事業の前提が「デジタルで設計される」時代になったから
今や、製造業・小売・サービス業・教育・医療など、どの業界でもビジネスプロセスの多くがシステムにより支えられています。
ビジネスモデル自体が、デジタル技術によって成り立っているケースも珍しくありません。
たとえば、次のようなシーンを考えてみます。
- 顧客管理(CRM)やMAツールを使った営業・マーケティング
- ECサイトやアプリを介したオンライン販売
- サブスクリプションモデルにおける自動決済・解約管理
- データを活用した値付けや在庫最適化
これらは単なる「システム導入」ではなく、事業の仕組みそのものが「プログラム化」されている状態です。
この仕組みを理解せずに戦略を描こうとすると、絵に描いた餅になってしまいます。

経営者がプログラミング知識を持つということは、自社のビジネスモデルを「技術的に実現可能な設計」として考えられるということです。
この視点があるだけで、実行力のある戦略を描きやすくなります。
2. 開発投資の妥当性を見抜くため
システム開発やツール導入は、往々にして高額な投資が必要です。
にもかかわらず、「言われるがままに高い見積もりを受け入れてしまう」「本当に必要な機能とそうでない機能を切り分けられない」というケースは少なくありません。
プログラミングに関する基本的な知識を持っていると、次のような判断が可能になります。
- 「この機能はスクラッチ開発が必要なのか、既存サービスの組み合わせで代替できないか」
- 「この仕様変更は、なぜそこまで工数がかかるのか」
- 「この開発スケジュールは現実的なのか、リスクはどこにあるのか」
技術的な背景を理解したうえで見積もりや提案を評価できることは、経営者にとって極めて重要なスキルです。
これがないと、コスト超過やシステムの失敗といったリスクを正しくコントロールできません。
3. エンジニアと建設的な議論をするため
多くの企業で、経営層と現場エンジニアの間には「言葉のギャップ」が存在します。
経営側は「とにかく早く・安く・全部実現してほしい」と考えがちですが、エンジニアからすると「技術的に無理」「セキュリティ上の問題がある」といった懸念が見えています。
プログラミング知識を備えた経営者は、エンジニアが何を懸念しているのかを理解し、優先順位やリスクを共通の言葉で議論できます。
これにより、次のような効果が期待できます。
- 開発チームが「現実的なロードマップ」を描きやすくなる
- 経営側の無理な要求や、現場の過剰品質を是正しやすくなる
- エンジニアが「理解してくれる経営者」と感じ、採用・定着にも良い影響が出る

経営者の技術リテラシーは、社内コミュニケーションの「潤滑油」であり「翻訳機」の役割を果たします。
4. 新規事業やDXのスピードを上げるため
新規事業やDX(デジタルトランスフォーメーション)の多くは、技術を前提とした取り組みです。
意思決定のたびに、外部の専門家に一から説明を受けなければならない状態では、どうしてもスピードが落ちてしまいます。
経営者自身がプログラミング知識を持っていれば、「このアイデアはAPI連携で実現できそうだ」「この業務はRPAや簡易なスクリプトで自動化できる」といった当たりをつけられるようになります。
その結果、次のような好循環が生まれます。
- 仮説検証のサイクルが早く回せる
- 「技術的にやってみる価値があるか」の目利きができる
- 自社の資産(データ・システム)をどう活用するかのイメージが湧きやすくなる
スピードが競争優位を生む時代において、経営者の技術理解は、そのまま事業のスピードに直結します。
経営者が押さえるべきプログラミングの「具体的なポイント」
1. 仕組みを理解するための基礎概念
経営者が最初に押さえておきたいのは、次のような基礎的な概念です。
いずれも「暗記」ではなく、「ざっくりとしたイメージ」を持つことが大切です。
- Webアプリの基本構造(フロントエンド・バックエンド・データベース)
- API(サービス同士をつなぐインターフェース)の役割
- クラウドとオンプレミスの違い
- セキュリティや認証の基本的な考え方

このレベルの理解だけでも、エンジニアとの会話の質は大きく変わります。
たとえば、「フロント側の修正で済む話なのか、バックエンドやデータベースも含めた大きな改修なのか」をある程度見当がつけられるようになります。
2. プログラムの「考え方」を知る
実際にコードを書かないとしても、プログラムの考え方を知っておくことは、業務設計や生産性向上の発想に直結します。
特に意識したいのは、次のような視点です。
- 条件分岐(if)や繰り返し(for)といった制御の考え方
- データを「集める・加工する・出力する」という一連の流れ
- 再利用できる部品(関数やモジュール)として設計する発想
プログラミングとは、手順を形式化し、例外や漏れがないように設計する営みです。
これはそのまま、業務プロセスの設計にも応用できる考え方です。
たとえば、営業プロセスを見直すときでも、「条件ごとに分岐を整理する」「同じ作業を繰り返さない仕組みにする」といった発想は、プログラムの考え方を知っていると自然に湧いてきます。
3. 技術的制約とコスト感覚
経営者にとって特に重要なのは、「どこからが大変になり、なぜコストが跳ね上がるのか」を理解することです。
たとえば、次のようなポイントです。
- 外部サービスとの連携は、相手側の仕様変更リスクを含む
- データベースの設計を誤ると、後からの改修コストが非常に大きくなる
- セキュリティ要件を上げると、開発工数も運用負荷も増える

このようなイメージを持っていると、「これは必須要件なのか」「段階的に実装すべきではないか」といった問いを適切なタイミングで投げかけられるようになります。
結果として、無駄なコストを抑えつつ、事業にインパクトのある部分に集中投資しやすくなります。
経営者がプログラミングをどう学べばよいか
1. 目的は「コードを書くこと」ではなく「経営判断の質を上げること」
まず大前提として、経営者の学習目的は「経営判断の質を上げること」であって、「エンジニアとして通用すること」ではありません。
この目的を見失うと、細かな文法やツールの使い方にとらわれてしまい、実務に結びつかなくなってしまいます。
学ぶ際には、常に次のような問いを持つとよいでしょう。
- この知識は、自社のどの判断シーンで役に立ちそうか
- これを知ることで、どんなコストやリスクを避けられそうか
- どの部分を自分で理解し、どの部分を専門家に任せるべきか
「全部自分でできるようになる」ではなく、「専門家と対等に話せるようになる」というゴール設定が、現実的かつ効果的です。
2. 実際に簡単なコードを書いてみる価値
経営者だからといって、まったく手を動かさなくてよいというわけではありません。
むしろ、ごく簡単なスクリプトでもよいので、自分で書いて動かしてみる経験は非常に有益です。
たとえば次のようなレベルで十分です。
- Excelやスプレッドシートの簡単な関数やマクロ
- PythonやJavaScriptで、データを集計するごく短いコード
- no-code/low-codeツールで、簡単な業務アプリを組み立てる

自分で動かしてみることで、「なぜここでエラーが出るのか」「なぜ仕様の曖昧さが問題になるのか」といったことが体感を伴って理解できます。
この体験は、エンジニアの苦労への理解と、現実的な期待値の設定にもつながります。
3. 社内外の専門家を「学びのパートナー」にする
経営者が一人で学び続けるのは難しいため、社内外のエンジニアや技術者を「先生」ではなく「パートナー」として巻き込むことも重要です。
具体的には、次のような取り組みが考えられます。
- 定期的に「経営層向け技術勉強会」を開催してもらう
- プロジェクトのキックオフ時に、技術的背景やリスクを解説してもらう場を設ける
- 経営者自身が「わからないことをその場で質問する」文化をつくる
「技術は難しいから任せる」のではなく、「わからないからこそ一緒に考えたい」と表明する姿勢は、エンジニアにとっても信頼感のあるメッセージになります。
その結果、技術サイドからも経営に有益な提案が出やすくなります。
プログラミング知識を持つ経営者が生み出せる価値
最後に、プログラミング知識を身につけた経営者が、具体的にどのような価値を生み出せるのかを整理します。
- 自社のビジネスモデルを「技術面からも筋のよい形」に磨き込める
- システム投資の優先順位付けとROIの見立てが、解像度高くできる
- DXや新規事業を進める際、スピードと現実性の両方を担保できる
- エンジニア採用・育成において、魅力的な「技術の語り手」になれる
- 社内の非エンジニアも巻き込んだ、生産性向上の文化をつくれる

プログラミング知識は、単に「システムに詳しくなる」ためのものではなく、企業価値を高めるための経営スキルだといえます。
まとめ
経営者にとってのプログラミング知識は、「自分で高度なシステムを開発する能力」ではなく、技術を前提とした時代において合理的な意思決定を行うための基礎体力です。
事業モデルがシステムに埋め込まれる今、技術の仕組みや制約を理解せずに戦略を描くことは、もはや大きなリスクといえます。
一方で、求められるのはエンジニアと同等のスキルではありません。
基礎概念と考え方を理解し、簡単なコードやノーコードツールを通じて「体感としての理解」を得ることで、十分に経営判断の質は変わります。
「わからないから任せる」から、「ある程度わかるからこそ、専門家と一緒に最適解を探す」へ。
このスタンスの変化こそが、経営者に求められるプログラミング知識の本質です。
技術を恐れるのではなく、自社の成長のために使いこなす。
その第一歩として、今日からでもプログラミングの世界に触れてみてはいかがでしょうか。
